156.「補糖」について

2019/02/25

  フランス語でシャプタリザシオン(chaptalisation)、ドイツ語ではアン・ライヒャルンク(Anreicherung)と言いますが、きっと当のフランス人やドイツ人でも、ワイン製造に関わっていない一般の国民は知らない単語だと思います。多少後ろめたい気持ちを伴った業界隠語とでも申しましょうか。意味としては仏独語どちらもワインを仕込む時、果汁の糖度が低すぎる場合に加糖することです。「加糖」をわざわざ「補糖」と言い換えているところに微妙な気後れ感が現れています。量はせいぜい数パーセントから10パーセント程度のことですが、気候の悪い年に果汁糖度が低いままワインにすると、完成したワインのアルコール度が低すぎて、保存性や熟成の点で良きワインとならないからです。私自身は厄災年(カタストロフ・イヤーといって、非常に気候の悪い年のことです)の救済措置として、少量の補糖は止むを得ないと肯定的に捉えています。
  歴史的には、僅か180年程前に考え出された手法とやらで、砂糖や粉末ぶどう糖、黒糖を使います。よく考えれば分かることですが、今から500年前にコロンブスがカリブ海航路を発見するまでは、欧州では砂糖が身近に存在していませんでした。その後も砂糖は高価で希少な貴重品でしたから、補糖は結構原材料にお金のかかる高級な手法でもあった訳です。そうです、つい最近の20世紀後半に砂糖大根(ビート)が交配作出されるまでは。
  ブルゴーニュのコート・ドール、コート・ドゥ・ニュイ地域のグランクリュ(特級)畑はすべて東~南東~南斜面の中腹にあるそうです。しかも冷たい西風はそれらの畑の西側にある木の繁る森が防いでくれている特殊な地形だとか。分かり易く言うと良き熱貯まりの畑のみが糖度の高いぶどうを育み、そのぶどうから特級のワインが出来るのです。ぶどう畑の特級格付けが成された時期と、高価な糖類を用いての補糖という手法が導入された時期が同じ頃というのは面白い符合です。
  只、猫も杓子も補糖して高級ワイン気取りをし過ぎたせいで、この一帯のワインは何時も似た味のワインばかりになって多様性を失ったため、補糖は天候の悪い年だけ、と法律で規制されるようになり今日に至ったのだそうです。
  ドイツでもかつてモーゼルという地帯では、どうせ日本やアメリカに輸出する大量消費型ワインなのだからと、砂糖と水を大量に加えて増量する方法が噂されていました。因みにこの水を大量に加える手法は「湿式補糖」という名で呼ばれていました。私の西ドイツの学校の同級生がその地帯に居て、“「シュワルツカッツェ」や「ブルーナン」、「リープフラウ・ミルヒ」を飲んだら、水を大量に飲むことになるぞ。”と笑いながら言っていたのを覚えています。外国に輸出されるワインは西ドイツの国内法に縛られないからとばかりにです。水とアルコールを加えて増量する日本酒の「三倍醸造」と似ていなくもありません。
  更に加えて、補糖は晩秋に来襲するボトゥリチスというカビ系病原菌由来の業病を恐れて、早くぶどうを収穫しなければならない年には有効な手法でもあります。