17.「ビオ・ディナミ農法とワインⅠ」

2015/06/19

 英名はバイオ・ダイナミック農法。20世紀初頭にドイツのシュテーゲマンが提唱し、かのルドルフ・シュタイナーの講演活動で世に知られるようになったとのこと。農業をひと時代昔に戻そうという運動、と要約出来ます。具体的に言うと化学肥料と農薬を否定し、時にはトラクターまで拒否して牛馬での耕作を良しとしたといいます。
 19世紀後半に大著「資本論」を著し、次なる20世紀の100年間、地球全体を資本主義対社会主義の激烈な争いの場に仕立て上げたカール・マルクス。その彼が自著に70年程先立つ18世紀末に書かれた、トマス・マルサスの「人口論」をどのように評価したか、私は知りません。食糧の増産は果して人口増加を支えられるのかを論じたこの古典的論文は出版当時大いに世間の耳目を集めたといいます。新生の米国が25年で倍の人口となり、同時に食糧生産も倍になった状況を踏まえ、次の25年後にも人口が倍、食糧も倍と推移し得るのか。考察の末、人口増加は等比級数的であり得るのに対し、食糧生産はせいぜい少しずつ等差級数的にしか増加させ得ず、地球全体の養うことの出来る人口の上限は10億人程度と予想したとか。
 高校の「人文・地理」の先生が授業中に教えて下さったことで(先生曰く「こういうのは大学入試には絶対出ないよ」)妙に私の頭にこびり付いています。
 ところがどうでしょう。それから200年余、彼の仮説は脆くも崩れ去り、今や地球上には70億人が暮らしています。これ程急速な科学の発達を、マルサスならずとも、かつて誰が予想し得たでしょうか。食糧生産技術の発達史に於いて、20世紀初頭の三大発明は決して見逃せません。化学肥料、農薬、そしてトラクターです。
 化学肥料の開発は大気中に無限にある窒素の固定から始まりますが、ハーバーとボッシュという二人のドイツ化学者の名前が思い出されます。合成して作られる農薬も主にドイツそしてフランスや米国の化学者の手になるもの。そして勿論トラクターの主原動力たるディーゼル・エンジンも、どこの誰が発明したかは周知の通りです。
 以上農業の革命とでもいうべき三大発明が20世紀初頭ドイツに集中したからこそ、その反動としての懐古思想であるビオ・ディナミもドイツ人によってドイツで唱えられた、という次第です。
 余談ですが、先進国でTVを一番観ない国民は誰かご存知ですか。ドイツ人です。ブラウン管を発明したのはドイツ人。そのくせ麻薬的バカ番組の出現をいち早く予想して、商業放送(民放)を禁止したのもドイツ人。そうすると皮肉なことに国営放送だけで、つまらないからTVを観ない、となる訳です。こうゆうのを理知的国民性とでもよぶのでしょうか。面白いですね。
 お陰様でドイツに沢山友人を持っています。殆んどがドイツ南西部の「旧西ドイツワイン地帯」に住んでいます。どういう人達か説明するのは簡単ではありませんが、とにかく私共日本人に較べると「重厚に」生きています。ゆっくりだけれど一歩一歩前に進んでいる、といった感じです。この生き方ですと、利口かどうかより、信念を持っているかどうかが重要です。「君の生き方は速い」と彼らによく言われます。「君」が「君等」になったり「日本人」になったりしますが、思うに、彼らの生き方の根底にはキリスト教があります。人は一人分きちんと生きればそれでよろしい、みたいな。
 彼等のように生きてみたい、と何度もトライしてみましたが、土台私は日本人。無理なく機に応じて両懸けで生きることにしています。