22.「ワイン・ブームの話Ⅰ」
2015/06/21
20代中頃に間違ってワインの世界に入りました。日本ではとてもマイナーな世界です。しかもワイン作りの世界ともなると、実に狭い。ワイン作りの業界で同世代の人とは殆んど名刺交換したことがあり、ちょっと記憶をたぐれば色々な顔が思い浮かぶ程です。でも現在67才の私と同世代と言いますと、殆んどがリタイアしていて、現役として栽培にも醸造にも関わりながら、経営もしているとなりますと、私は数少ない長老の一人ということになりそうです。しかも超ウルサ型のです。
40年余この世界に生きて来て思うことですが、日本のワイン界は幾度かのブームに尻押しされながら、その消費量を伸ばしてきました。人為的と思われる数々のワイン・ブームの中でも、大きく記憶に残っているのものが二つあります。「ボージョレ・ヌーボー・ブーム」と「赤ワイン・ブーム」です。
本当か嘘かは知りませんが、かつてフランスのボージョレ地方で或る年ぶどうが採れ過ぎたために、少し早目の収穫と普通よりちょっと遅めの収穫に分けて、秋に2回ワインの仕込みを行ったそうな。早い方はすぐにビンに詰めて売り、遅い方の仕込みのために大樽を空けたとか。それら早いワインを「初搾り」と言ったか「初鰹」と言ったか知りませんが、ワイン作りを少しでもしたことのある人なら分かる通り、そんなワインは矢張り戴けません。
世界有数の女性の強い国フランスですから、「女房を質に入れて」まで競ってこの新しい赤ワイン(ヌーボー)を買いに走ったかどうかは分かりませんが、多くがデタラメに早出しするものですから、遂に公けの規制がかかって11月の第3木曜日午前0時より新ワインを出荷してよろしいとなったとのことです。勿論、その間に醸造機械も特殊なものが登場します。大きな分厚いステンレス製の横置き円筒タンクにぶどうを房ごと入れて密閉し、回転させながら発酵させるのです。中に詰められた房ごとのぶどうは自分の重みで果汁が出て来て発酵します。発酵の時、大量に発生する炭酸ガスの圧力でぶどうは更につぶれ、その果汁が発酵する。発酵で作られるアルコール分もぶどうの果皮から赤い色素を抽出するのにひと役買います。この「圧力鍋式赤ワイン作り」をフランス語でマセラシオン・カルボニークと呼びました。
世界中のワインの作り手は、こんなのワインじゃないと思ったらしく、冷たい眼でこの運動を見ていたフシがあります。直径が2m程、長さが2~3m、内容積が6000-10000リットルの物凄くガチっとした特殊タンクは確か2000万円程。日本でもドイツでもイタリアでも或る程度は売れたようですが、現在フランスのボージョレ地区以外では稼働していないと思います。
ワインの飲み手の側の反応は、しかし、特に我が国では丸切り異なる様相を呈しました。日付変更線に一番近いワイン消費国。初物大好きの国民性。しかも1980年代とバブル真盛りの中、何処の国際空港でも数日前から保税倉庫にはヌーボーが沢山積まれ、11月第3木曜の深夜0時に通関して呉れます。空港税関の皆さん本当にご苦労様でした。どこぞの訳知ったレストランで午前1時頃大勢で「乾杯!」とやった経験が私にも一度だけあります。
バブルの崩壊とともに、このブームは下降線を辿ります。私の考えでは、味も不美味かったと思います。更にこの急ぎ作りのワインはまともなビン内熟成をしないものですから、時の経過とともに段々不美味くなるという性質をもっていて、年を越すと全く売れなくなり、酒屋さんも在庫処分に困ったからでしょう。年度の初物と言うのなら、オーストラリア、ニュージーランドでは南半球ゆえに3月に収穫・醸造し、10月ごろにはきちんと飲めるのですが、彼らは決して「ヌーボー」とは名乗らないことでしょう。ワイン通にとっては「ヌーボー」とは「不美味い」の代名詞なのですから。